研究目的

研究の全体構想と目的

教員養成教育の分野では、教科・教職等に関する専門的知識、授業づくりや教材開発等に関する高い識見、また人間の成長・発達についての深い理解、児童・生徒の人格形成の支援能力、社会の変化への対応や柔軟な発想、教職に関する高い倫理性とすぐれた人間性などが重要な資質と考えられ、これらを基盤とした「実践的指導力」が求められている。教員養成大学として学生の実践的指導力をどのように育てていくか、焦眉の課題である。教員養成教育、とりわけ実践的指導力育成に対してこのPBL(Problem-based Learning & Project-based Learning)チュートリアル教育(以下PBL教育と略す)の導入がどのような意味や意義を持つのか、明らかにすることが研究の全体構想である。

本研究では、目標となる実践的指導力の核として、「企画力」「実践構築力」「臨床的判断力」の三つの力を具体的に考える。そこで問題解決に何が必要であるかを見極め、解決のためのプランと方向性を企画、構築していく能力(「企画力」「実践構築力」)、その場の状況や文脈を読み取って判断、行動する力(「臨床的判断力」)についてPBL教育がいかにその目標達成にとって有効性を持つかを検証することを目的とする。特にその際、私たちが重視しているのが評価システムの開発である。プロセス評価を軸にして、PBL教育においてどのような力を育成することができたかを、明瞭に把握できるようにし、従来型の知識伝達的な講義との比較検証ができるようにしたい。

PBL教育とは、問題の把握から、問題解決策の立案、実施、評価に到る一連の学習プロセスの組織を主とした成人教育における教育方法である。チューター制を取り入れた小グループによる学習形態が特徴である。とりわけPBL教育は現実世界との関係性を重視する。Problem(問題)にしてもProject(企画)にしても、現実世界の問題が示されなければならない。その問題をチューターの支援のもとに解決し、企画をたて実施する過程そのものが「学び」とみなされる。

PBL教育の意義として次の3点が挙げられる。

  1. 問題発見能力、問題状況に対する的確な分析力、解決能力を身につけることができる。また企画を立てて実施する中で、場に応じて的確なリフレクションをしつつ実践し、よりよい改善策をつくることができる力を身につけることができる。
  2. 現実世界の問題を解決することによって、学問と実践とのつながりを実感し、自分自身の(教師としての職業的)アイデンティティの形成を促すことが期待される。
  3. 問題解決過程、企画実施過程において、さまざまに有用な知識を活用し、資料探索能力を身につけることができる。

本研究の学際的な特色・独創的な点、及び予想される結果と意義

本研究は、教員養成型のPBL教育のシステムを開発し、その有効性を検証しようとするものである。教員養成型PBL教育の特徴として、事例、症例研究を大学において行う医学教育型PBL教育に対し、学校現場をはじめ、さまざまな「場」(学校以外の教育や療育現場、文化施設、企業、自治体、地域等)における実践に学生が直接参加する学習形態をとることが挙げられる。

教員養成大学においてもすでに実地研究をはじめ、現場体験学習に類するものは数多く行われるようになってはきているが、ともすれば体験自体が目的化し、学生のみならず、現場にとっても意味や意義が不明確になりがちである。その教育現場体験は、PBL教育として問題解決型、あるいは企画立案型体験へ質を高めることによって、新たな意義を獲得するのではないかと考える。

以上のように本研究の特徴として、まず第一に全国に先駆けてPBL教育を教員養成教育に展開する上で、従来医学教育において実践されてきたPBL教育が教員養成教育としてどのような効果をあげることができるかを検証する点にある。従って、医学部におけるPBL教育の実態と課題について先行事例を分析し、教育学部のカリキュラムに援用できるかについて検証する。なぜならば、本研究では、学生が自立的に問題解決をするためのサポートのあり方、その役割を担うチューター養成を視野に入れているからである。このように、第一の目的には、チューターとしてどのような実践的経験と学生に対してサポートするためのどのような知見が必要かを明らかにし、チューター指導研修のカリキュラムを開発することも含んでいる。

第二の特徴は、PBL教育のコンテンツを開発し、それを評価・検証するシステムの構築を目指すところにある。ただ単にPBL教育を教員養成として行うだけではなく、教員としての力量形成(実践的指導力)にとって、どのような意味があるのか、評価基準を始め評価のシステム開発を行い、PBL教育の成果と過程を評価するという点である。

そして第三にコンテンツの開発・蓄積の上に立って、実践的指導力の力量形成の系統性に沿ったPBL教育のカリキュラム開発を行おうとする点にある。

予想される結果であるが、PBL教育は教員養成教育としても大きな意義を持つものと予測される。とくに実践的指導力育成にとって、開発された評価基準に照らし合わせると、従来型の講義に比して明瞭な優位性を持つのではないかと予想される。こうしたことが明らかになれば、教員養成教育に一つのモデルを提供できることになる。

国内外の関連する研究動向および研究状況からの位置づけ

PBL教育は、大きな流れとしては成人教育(マルカム・ノールズ『成人教育の現代的実践ペダゴジーからアンドラゴジーへ』鳳書房2002)に属する。1969年McMaster大学で、Barrowsたちが従来の知識伝達を主とする講義式医学教育への失敗を踏まえて開発したのが最初の試みであった。当初は医学部中心に臨床教育の前段階として位置づけられたが、1990年頃から、医学校以外にもPBL教育を取り入れる大学が増え始めてきている。その広がりについては、J.Duch, E.Groh, E.Allenの『The Power of Problem-Based Learning』(STERING 2001)に詳しい。日本においては、数校の大学の医学部においてPBL教育をカリキュラムに取り入れており、三重大学においては、1997年から医学部を中心に導入が進められてきており、その実績をもとにワークショップを開催するなど、全学的なPBL教育の普及に努めている。(津田司『日本でのPBLチュートリアルの実例』三重大学、吉田、大西編『PBLチュートリアルガイド』南山堂2004)さらに本研究により、教育の専門学部としてPBL教育の問題点を明らかにすることで、医学部の教育にも寄与することが可能であると考える。

教員養成教育としてのPBL教育は現段階においては、まだ我が国ではその名のもとに実践は行われていない。ただし、アクションリサーチやケーススタディ、そしてプロジェクトメソッドというようないわゆる「教育現実」に直接かかわる学習形態はPBL教育の一つの形態として位置づけることが出来るだろう。このような学習形態を含めて学生教育としての教育実践現場への参画も数多く行われるようになってきたが、学校ボランティア、実地研究、インターンシップなど、その類型も多様であり、具体的な参画の様態も様々である。中には、「現場へ」というかけ声だけに押されて、とりあえずの現場体験ができればいい、というようなことも散見される。それぞれの教育目標に沿ったアセスメントについては、十分な知見を蓄積している状況にはない。

本研究は、医学教育として始まったPBL教育の三十数年来の知見を生かしながら、教員養成教育として新たに始まった教育実践における現場体験に理論的なベースを与えようとする試みである。特に評価システムの開発により、これまで体験主義に陥りがちであった学習活動の意味と意義を明らかにしたいと考える。